集会のご案内     


     
『愛されているから 愛することができるのです』  
 ひとを愛するってどういうことなのでしょう。
 イエス・キリストは言われました。

「隣人を自分のように愛しなさい」
(マルコによる福音書4章31節)


でも、他者(隣人)を自分のように愛する…そんなこと、できるのでしょうか。
 「自分のこどもを愛しています。
  自分の家族を愛しています。
  自分の友だちを愛しています。」
そんな風に言ってみたりもするけれど、本当に「自分のように」愛しているのかと尋ねられると、たちまち自信がなくなってしまいます。ましてや全くの他人となると、どうでしょうか?

わたしたちは普段から、人を愛することよりも嫌うことの方が多く、関わるよりも無関心でいることに慣れ、受け入れるよりも拒否することの方がラクだと感じます。
けれども同時に、隣人を愛せないこと、関われないこと、受け入れられないことが、さみしく、むなしく、心につっかえて、私たちを苦しめます。
どうすれば、人は他人を愛することができるのでしょうか。

聖書はこう語ります。
「わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです」(ヨハネの手紙T 4章19節)

たっぷり周囲のおとなに愛されて育ったこどもは、他人を愛することができる人間になります。自分がそのままの自分として受け入れられていることを体験し、感じて育ったこどもは、自分を信頼し、他人を信頼し、受け入れることができる人間になります。

同じように、わたしたち自身がまず、
「神さまに愛されている。たっぷり愛されている。」
ということに気づきたいと思うのです。神さまにたっぷりと愛されていることに気づき、「わたし」という存在を神さまが知っていてくださる、受け入れてくださっているということに、わたしたち自身が気づいたとき、そこから、他者への愛がはじまるのです。隣人を愛するために、半歩踏み出すことができるのです。

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